三回目の成人式が近い私から、一回目の成人式を迎える新成人336名の皆さんへ。おめでとうございます、新成人として故郷で開催されるこの式典に参加された事にも心からの感謝を込めてお祝い申しあげます。
今日明日は兵庫県各地で成人式が執り行われます。君たちが生まれた1995年、1月17日に阪神淡路大震災が起きました。とりわけ神戸や淡路地区など被災地では、災害年に生まれ復興と共に成長された皆さんが目出度く二十歳を迎えられた大きな節目の年でもあります。 町の復興と皆さんの成長を重ね合わせ特別な注目を集めているようです。1995年は養父市や但馬では、但馬理想の都の祭典が開催された年でもあり、但馬空港や、木の殿堂が建設オープンしました。またビバホールチェロ、大屋の木彫フォークアートもこの年から祭典を機会に始まりました。日本の経済成長と共にレジャー、リゾート開発を夢見ながら皆がそれこそが但馬の方向性だと信じて疑わなかったバブル経済末期でもありました。あれから20年目の本年は「あしたのふるさと出合い感動 夢但馬2014」が開催中です。しかしテーマは経済成長やリゾートではなく、但馬の誇れるもの、但馬で暮らすという事はどういう事なのか、本当の豊かさを都市に媚びることなく発信しながら更に高めてゆこう等、方向性が変わったように感じます。
皆さんは時代の変革期、特に価値観の大きな変革期を象徴する世代です。
さて20歳は大人として扱われます、御酒を飲む、バコを吸う権利そして選挙権などが保障されます。国会で今18歳から選挙権を認めるかどうか、また1票の格差といって選挙区ごとの有権者の人数が2倍以上あるのでは平等な人権とは言えない等と議論されています。
選挙権は一人一票が平等に与えられる権利ではありますが、行使するかしないかは自由で、選挙に行かなかったから次の選挙に投票できなくなったり、罰金を科せられることは日本ではありません。 権利行使は国民の義務だと言われたりもしますが、正確には義務は投票出来るようにする義務であり国が負うべきものが義務であるとされます。 一見何も困らないようにも見えます。 しかしこれら権利主張と義務の押し詰け合いは醜いものです。
皆さんの背負っている投票義務とは道徳上背負っているものです。これらめんどくさそうでやってもやらなくても 目に見えて不利益を被ったり、誰もおかしいと指摘したりしないものです。
選挙に限らず、これら道徳上の義務を果たすことは、きっと自分の考えを持ち、自ら考え整理することに繋がり、やがて知識と教養を高まり人から信頼される人格を形成してくれるに違いありません。 そのような意味で
自分自身の言動に責任と説得力を持てる素敵な大人になって欲しいと思います。君たちに期待される未来を切り開く大きな力に私の夢を重ねながら新成人へのお祝いと致します。